翌日。
胸に違和感を覚えて目が覚めた。
仰向けで寝ている私のお腹の上に、チビが香箱座りでちょこんと座っていた。
鼻水は出ていたが、鼻のズーズーという音は聞こえない。
シクロフォスファミドが効いてる……!
目が合うと、チビは「ニャー」と鳴いてフード入れをチラッと見た。
ご飯を催促するときの、いつもの仕草だ。
急いで起き上がり、器にカリカリを盛った。
チビがご飯の器に顔を近づける。
今度はプイッと顔を背けることなく、そのままカリカリを食べ始めた。
カリカリ、ハグハグ、ポリポリ。
小気味のいい音が部屋に響く。
この音を聞くのは、いったい何日ぶりだろう。
久しぶりに、胸の奥にあった重たいものが少しだけ軽くなった。
やっぱり、シクロフォスファミドはチビに効果がある。
手帳に残していた記録は、間違っていなかった。
嬉しかった。
けれど、手放しで喜ぶことはできない。
先生から言われた、「次に使うなら、2〜3週間は間を空けたい」という言葉が、ずっと頭に残っていたからだ。
今は効いている。
でも、この効果がいつまで続くのかは分からない。
もし1週間で症状が戻ってしまったら?
もしシクロフォスファミドが使えなくなったらどうすればいいんだろう。
そんな飼い主の不安をよそに、食べ終わったチビは先住猫の器に顔を突っ込み、ご飯を強奪していた。
そういえば、ガンになる前はこうして先住猫たちのご飯を横取りしていたな。
すっかり忘れていた。
悩んでいても仕方ない。
今は、チビが元気になったことを喜ぼう。
そう気持ちを切り替えて、不満げな視線を送ってくる先住猫に、お詫びのちゅーるを差し出した。
それから2週間後。
再びシクロフォスファミドを注射した。
体重は3.65kg。前回より増えていた。
血液検査も問題なく、目立った症状もない。
先生に、「元気いっぱいです」と報告できることが嬉しかった。
家に帰ってからも、チビはよく食べ、よく眠り、先住猫を追いかけて走り回った。
もしかしたら、抗ガン剤の単剤治療でも寛解を目指せるんじゃないか。
そう思わせてくれるほど、チビは元気そのものだった。
だが、それから10日後。
再び鼻水とクシャミの症状が出始めた。
最初は鼻水も少しだけだったが、日に日に量が増えていく。
慌てて病院へ連れて行き、先生に症状を伝えた。
検査の結果、猫風邪ではないかと言われた。
もともとチビは幼い頃に猫風邪をひいており、季節の変わり目などに症状をぶり返すことがあった。
ポララミンという錠剤を処方され、しばらく様子をみることになった。
前回の投与から2週間が経っていたため、シクロフォスファミドも打ってもらった。
利発なチビは、カリカリやちゅーるに薬を混ぜてもすぐに気づく。
無理やり口の中に放り込んでも、器用に吐き出してしまう。
そこで錠剤カッターで薬を細かく砕き、ちゅーるに混ぜ、その上から猫用の鰹節を振りかけて匂いをごまかすことにした。
これを朝晩2回。
少々手間ではあったが、チビがまた元気になってくれるなら、と頑張った。
しかし、症状は一向に良くならない。
それどころか、今度は下痢まで始まった。
再び病院へ行き、レントゲンと糞便検査をしてもらったが、特に異常は見つからなかった。
チビは薬を飲ませるのが難しいと先生に伝えると、「マイトマックス」というサプリメントを出してくれた。
お腹の調子を整えるもので、魚の味がするらしい。
大抵の猫は嫌がらずに食べてくれるとのことで、チビも問題なく口にしてくれた。
全部の薬がまぐろ味になれば、投薬もずいぶん楽になるのに。
そんなことを思いながら、しばらく様子を見ることにした。
だが、3日経っても下痢は改善しなかった。
再び病院へ。
体重がほとんど減っていなかったことだけは幸いだった。
先生によると、下痢の症状が出ている状態では抗ガン剤は打てないらしい。
ディアバスターとフラジールという、下痢止めと整腸剤を処方された。
次の抗ガン剤まで、あと8日。
それまでには何とか治したい。
だが、一つ問題があった。
このディアバスター、とんでもなく苦いのだ。
以前飼っていた柴犬は、よくお腹を壊す子だった。
そのたびにディアバスターを飲ませていたのだが、いつしか黄色い錠剤を見るだけで、そっと逃げるようになった。
毎回捕まっては口をこじ開けられ、薬を放り込まれる。
そのたびに、それはそれは嫌そうな顔をして「ウォウウォウ…」と文句を言っていた。
ただし、効果は抜群だった。
飲ませれば、2〜3日ほどで下痢は治まっていた。
チビも飲めば、きっと良くなる。
しかし――。どうやって飲ませればいいんだ。
ここから、チビと私の知恵合戦が幕を開けた。
